2012年、新しくされた私が、この世の旅路を歩みます。


       新年、明けましておめでとうございます。


教会の「元旦礼拝」に行って来ました。2012年1月1日(日)

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元旦礼拝にて。マド・松本。

読者の皆様、新年、明けましておめでとうございます。 旧年中は、私の拙いblogを読んでいただき、また、コメントもたくさんいただき、ありがとうございました。本年も、私のblogのテーマでもある「この世の旅路」を折りに触れてご紹介していきますので、どうぞ宜しくお願いいたします。 


本日の牧師先生の説教「新しく造られたもの」

新しいもの…って、誰でも心が引き締まったり、ウキウキしたり、古いものより、やっぱり新しいものの方が嬉しい。古き良きものも沢山ありますが、今回の説教では「古いものにしがみつかないで、神様によって新しくされる自分をしっかりと見つめ、恐れずに前に進んで行く」ことの大切さを再確認しました。

私は、現在53才。現実的に考えると、年々老いている…とまでは言わないけれど、だんだん、自分が「古いタイプの人間」になっていることを実感しています。 それはそれで「良い面」と「悪い面」があり、良い面は何かと言えば、第一に「様々なことにムキにならずにノンビリ構えることが出来るようになって来た」と云うことです。簡単に腹を立てなくなってきたし、人の失敗も責めることがグ~ンと少なくなってきました。年を重ねると云うことは、ある意味「失敗を重ねる」「人に助けられる」ことの連続で、若い頃のように「私は正しい」「私の力で何とかしましょう」などと云う不遜な気持ちが様々な経験によって淘汰されているわけです。

「一人では生きて行けない」と云う現実。

人生の節目節目を思い起こすと、実にたくさんの「ああ…助けてもらったなァ~」が思い出されます。そして、どんなことに一番感謝しているかと言えば、自分が起こしてしまった「失敗」を寛容に「許して」もらった時のことです。どう謝ったら良いのかも分からず、頭を抱えている時に「良いのよ、今後から気を付けてくれれば」と優しく声を掛けてもらったことや、「私も、何度も失敗したから、大丈夫よ」と励まして頂いたことは、忘れることが出来ません。人の暖かさや、優しさに触れるということは、人間を成長させてくれます。

人の中で、教会生活の中で、職場で、いろいろな場面で、私の成長の機会が与えられ、私がしっかりと目を開いて、その「人の優しさ」を見逃さず、忘れずにいることが大切だと思います。そして、そこから「新しい自分」が造られていくのだと思います。つまり、新しくなるチャンスは、神様から公平に与えられ、気づくか、気づかないかにかかっているのです。

その反面、所謂「人間が丸くなった」と言われるのと反比例して「情熱」が少~し薄れていくこともあります。ムキにならないと云うことは、冷静になった、理性的になった面と、情熱的に物事を考えられなくなったり、諦めが良くなった等…ちょっと困ったことになる時もあります。大抵の事物は冷静で理性的で良いのですが、信仰まで「冷静かつ理性的で、諦めが良くなった」では? う~ん、私は、出来ることなら「お婆さん」になっても、信仰に熱い情熱を持っていたいと思って(願って)います。これは、私の努力ではど~にもならないように思います。熱い信仰心を保つ為に聖書を朝から晩まで読み続けてもダメでしょう。滝に打たれて苦行しても、たぶん風邪をひいてしまうだけだと思います。熱い信仰を持ち続けるには、日々の教会生活と祈り、そして、いつも、自分を「新しく造り続けてくれている」神様の存在に感謝していかないと。 そう考えると、老いていくこともあまり苦にならないかも知れません。私は、私らしく、無理をせずとも、神様に「いつも信仰に熱い、可愛いお婆さんになりたいです」と神様に素直に願い出たほうが確実である、と、期待して祈っています。

幾つになっても「花より団子」の私

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元旦礼拝を終えて、教会で「お汁粉」をいただく「幸せ」

元旦礼拝には、お気に入りのレトロな着物を着て行こうかな…と考えていた私。シンガポールのラッフルズホテルでもそう思ったのですが「大切な日に、大切な場所に敬意を表して、正装」です。まァ、それもひとつの理由ですが、昨年も「着付け」のお稽古を頑張ったので、ちょっと着てみたくなった…のが一番の理由かな?

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2012年の幕開け。  一番最初は教会のすみれ会(婦人会)のお茶会が1月17日(火)にあります。 1月22日(日)は大好きな歌舞伎・新春公演。そして今年も東京マラソンの公式ボランティアとして、2月26日(日)には2012年東京マラソン、品川コース(15㎞地点)で給水所を担当します。


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教会墓地も新年を迎えました

2011年大晦日のラザロ霊園 002.JPG

教会墓地の草花も花期を終え、ひっそりとしていますが、墓石にお正月の花を飾ると、やはり新年の華やいだ気分になります。少し霊園内を散歩してみたのですが、皆、それぞれに新年を祝う飾りがしてあり、思い思いに「故人と迎える新年」への気持ちが伝わってきます。この墓地には、私のひとり息子が眠っています。旅立って6年になろうとしていますが、私は、今でも、新年は息子と迎えています。

2011年大晦日のラザロ霊園 004.JPG

松・菊・千両…お正月らしい生花。ちょっと遊び気分でくす玉を添えると、丸い小さなくす玉が風にソヨソヨと揺れ、楽しかった息子との思い出の年末年始が鮮やかに蘇えり、私は涙腺がウルウルしてしまいました。

読者の皆様、今年も、こんな頼りない私ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。


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